2010年02月25日
一万円の人
“天ハ人ノ上ニ人ヲ造ラズ人ノ下ニ人ヲ造ラズ”
かの有名な福沢諭吉『学問のすゝめ』の名だたる一節ですね。
しかし、文字通り解釈していた無知なまっつは、
世界を見て、
「全然そんなことないじゃん!」
と、憤りすら感じていました。
・・・が、
これ、実は続きがあったんですね。
恥ずかしながら、今日知りました。。
天は人の上に人を造らず
人の下に人を造らずと言われている、、、
人は生まれながら貴賎上下の差別ない。
けれども今広くこの人間の世界を見渡すと、
賢い人愚かな人、貧乏な人金持ちの人、
身分の高い人低い人とある。
その違いは何だろう?
それは甚だ明らかだ。
賢人と愚人との別は、学ぶと学ばざるとに由ってできるものなのだ。
人は生まれながらにして貴賎上下の別はないけれど
ただ学問を勤めて物事をよく知るものは貴人となり富人となり
無学なる者は貧人となり下人となるのだ。
「言われている」とあるように、実は冒頭の節は彼自身の言葉ではないんですね。
アメリカ合衆国の独立宣言から引用したものだそうです。
とはいえ、それに続く論が素晴らしい。
まだ武士なる人がいたであろう
そして街にはやっと電燈が灯りはじめたこの時代に
これだけの教えを説く彼は、さすが「一万円の人」です。
そしてまた、この論は今の時代にも当てはまります。
今の人間世界を見渡してみると、、
貧困、格差、階級、身分、差別、
「平等」とは言いがたい世界が広がっています。
日本も然り、世界ならばなおさら。
そして、その差を決定付けているものは、
やはり「学問」、すなわち「教育」だと思うのです。
グローバルな視点では、
経済も教育制度も整った先進諸国が
東南アジア、アフリカ、中南米、、、
無知で無学な貧しい人々を喰い物にしている。
言葉は悪いですが、そうだと思うのです。
それが世界の現実だと思うし、
また、それなくして現在の世界経済が成り立たないことも事実です。
空しいですね。。
この現実を変えるには、
おそらく世界の経済システムそのものを変えるしかないでしょう。
しかし、それは非常に難しい。
あー、、ここが小生の、答えの出ない近頃の葛藤であります。
そんなことできますかいな?
誰か教えてください。
その辺の議論はさておき、
まっつが心を痛めているのは、
教育を受けられない環境があるということ。
学校にいって授業を受けること
それは当たり前ではありません。
世の中には、「ストリートチルドレン」と言われる
路上で暮らす(しかない)子どもたちがいます。
「債務労働」と言って
生まれながらにして、親の負ったその債務を
自身の生涯をもって払う子どもたちがいます。
我が親によって売り飛ばされる子どもたちがいます。
彼らには教育を受ける権利がないのでしょうか。
一見すると、英語も日本語も使いこなす物売りの子どもたちは
学があるように思われますが、
しかし、その日暮らしの薄っぺらな学に過ぎません。
なんせ学校にも通わず、日々のコミュニケーションから身につけた付け焼刃ですから。
もちろん、そうした生きる知恵を否定するつもりはありませんが、
でも、そうすることでしか生きられない現状には苦悶させられます。
今回の旅では、お金の代わりに
わずかながらの文房具と飴玉をもって回りました。
それが何になるのか、、、わからない。
でも、そうした子どもたちを目の前にして
何もせずにはいられなかった。
人間が作り上げてしまったそのシステムは、
人間自らの手で変えるしかない。
全世界が平和になることは可能なのか?
カンボジアの旅でKと語り合った大きな課題です。
2010年02月23日
ライフ
ベトナムの街が活き活きとしている理由が分かりました。
それは、仕事と生活の線引きがあいまいだから。
仕事の中に生活があったり、生活の中に仕事があったり。
まぁーよくも悪くも。
仕事しながら、ちゃっかり自分のご飯食べてたり、
接客しながら、携帯電話いじってたり、
DVD見たり、お笑い番組見て爆笑してたり、
店員同士ふざけあってたり、
客用のイス並べて昼寝してたり、、。
しかも、それらをお客の前で堂々と。
隠すそぶりなんてこれっぽっちもない(笑)

カンボジア行ってもやっぱりそうでした。
彼ら、彼女らには、きっと「サービス」なんて概念はないのでしょう。
でなきゃ、客よりも先にご飯は食べません。
「お客様=神様」なんて図式は頭の片隅にもないのでしょう。
でなきゃ、携帯片手にぶっきらぼうに接客しません。
つまり、客と店員は対等な立場なのです。


対して、日本はどうか。
素晴らしい。
非の打ちどころのない完璧なるサービス。
ゴミやら、食べかすやら、ライムやらが落ちてない綺麗な床。
不自然なまでの満面の笑みでの接客。
嫌な顔なんて一つもしません。
だって、
お客様は神様でございますから!
毎度ありがとうございます!
またのお越しをお待ちしております!
なんてベトナム人は絶対に言わないよ?笑
でも、俺が言いたいのはどちらが優れているというのではなくて、
そうした接客の態度や姿勢ひとつからでも
その国の国民性や文化、習慣、考え方、
つまり「その国らしさ」が見られるということ。
異国の日常に目を向けることは非常に面白い。
個人的には、東南アジアのゆるーい感じは嫌いじゃない。
むしろ、好きだ。
たまにイラッとはするけども、それもご愛嬌。
働くとしたら絶対に気楽だろうな。
仕事の現場から「苦」が感じられない。
いたって楽しんでいる。
それは生活の延長だから。
延長というか生活の中に包括されている。
「仕事」という気張った括りはないんだろうね、きっと。
だから、こっちの人の生活には活力があって、
活き活きとしてるんかなぁーなんて考えてみた。

そんな中での、心温まる「思いやり」だから、際立つ。
人の優しさがあったけーんだ。
日本のサービスにも感動するけど、
時にサービスの域を超えて“義務感”を感じることさえある。
もともとは思いやりから始まったサービスのはずなのに・・・。
矛盾だ。
こうした「しなければならない」サービスに従業員はストレスを覚えるのかもしれない。
先に、ベトナムでは仕事と生活の線引きがあいまいだと書いたが、
ある意味、日本でも、仕事と生活の境界が曖昧になっている。
常習化した残業。
残った仕事はお持ち帰り。
プライベートな時間をも仕事に費やし、
気づけばいつも仕事のことが頭から離れない。
「仕事」が「生活」の領域を脅かしている。
そういえば、こっちに来てから「自殺」って言葉聞いてないな。
この国も日本と同じ軌跡を辿るのだろうか。
「発展」とはなんぞや!?と、考える今日この頃。
チャーオ。

何だよ、そのポージング(笑)
おまえ、可愛すぎるよ。
※「仕事も生活だ」という意見もあると思いますが、ここでは限定的に「生活」を定義しています。
それは、仕事と生活の線引きがあいまいだから。
仕事の中に生活があったり、生活の中に仕事があったり。
まぁーよくも悪くも。
仕事しながら、ちゃっかり自分のご飯食べてたり、
接客しながら、携帯電話いじってたり、
DVD見たり、お笑い番組見て爆笑してたり、
店員同士ふざけあってたり、
客用のイス並べて昼寝してたり、、。
しかも、それらをお客の前で堂々と。
隠すそぶりなんてこれっぽっちもない(笑)
カンボジア行ってもやっぱりそうでした。
彼ら、彼女らには、きっと「サービス」なんて概念はないのでしょう。
でなきゃ、客よりも先にご飯は食べません。
「お客様=神様」なんて図式は頭の片隅にもないのでしょう。
でなきゃ、携帯片手にぶっきらぼうに接客しません。
つまり、客と店員は対等な立場なのです。
対して、日本はどうか。
素晴らしい。
非の打ちどころのない完璧なるサービス。
ゴミやら、食べかすやら、ライムやらが落ちてない綺麗な床。
不自然なまでの満面の笑みでの接客。
嫌な顔なんて一つもしません。
だって、
お客様は神様でございますから!
毎度ありがとうございます!
またのお越しをお待ちしております!
なんてベトナム人は絶対に言わないよ?笑
でも、俺が言いたいのはどちらが優れているというのではなくて、
そうした接客の態度や姿勢ひとつからでも
その国の国民性や文化、習慣、考え方、
つまり「その国らしさ」が見られるということ。
異国の日常に目を向けることは非常に面白い。
個人的には、東南アジアのゆるーい感じは嫌いじゃない。
むしろ、好きだ。
たまにイラッとはするけども、それもご愛嬌。
働くとしたら絶対に気楽だろうな。
仕事の現場から「苦」が感じられない。
いたって楽しんでいる。
それは生活の延長だから。
延長というか生活の中に包括されている。
「仕事」という気張った括りはないんだろうね、きっと。
だから、こっちの人の生活には活力があって、
活き活きとしてるんかなぁーなんて考えてみた。
そんな中での、心温まる「思いやり」だから、際立つ。
人の優しさがあったけーんだ。
日本のサービスにも感動するけど、
時にサービスの域を超えて“義務感”を感じることさえある。
もともとは思いやりから始まったサービスのはずなのに・・・。
矛盾だ。
こうした「しなければならない」サービスに従業員はストレスを覚えるのかもしれない。
先に、ベトナムでは仕事と生活の線引きがあいまいだと書いたが、
ある意味、日本でも、仕事と生活の境界が曖昧になっている。
常習化した残業。
残った仕事はお持ち帰り。
プライベートな時間をも仕事に費やし、
気づけばいつも仕事のことが頭から離れない。
「仕事」が「生活」の領域を脅かしている。
そういえば、こっちに来てから「自殺」って言葉聞いてないな。
この国も日本と同じ軌跡を辿るのだろうか。
「発展」とはなんぞや!?と、考える今日この頃。
チャーオ。
何だよ、そのポージング(笑)
おまえ、可愛すぎるよ。
※「仕事も生活だ」という意見もあると思いますが、ここでは限定的に「生活」を定義しています。
2010年02月20日
No money No honey
行ってきました、カンボジア。
うーん、、、
何度行っても素晴らしい。
感慨深いものがある。
遺跡もいいけど、
人がいい。
子どもとかめっちゃなつっこいし、
なーんかあったかい。
カンボジア、好きだな。
気候はすっごい暑いけど。
おかげで、より焦げたけど。
そんな今回の旅のテーマは、
「人、こども、そして生活」
遺跡もさることながら、
そこに住む人やそこにある生活にも接近する旅にしようと思いました。
そんな旅では、
同行したカメラマンKの腕が光りました。
やはりプロの腕は違う。
Kがカメラを向けるとみな笑顔になる。
素の顔が表に出てくる。
カメラもやはり奥が深い。
プロってこういうことか。



そこにある日常だから伝わるもの。
建築物、食べ物、服、言語、、
色々あるけど、やっぱり文化を作るのは
「人」だなって思う。
そういう意味では、ホントにカンボジアの人が好きになりました。
前回のカンボジアの旅では、
物売りの子とか敬遠してしまうようなとこもあったけど、
でも、やっぱり彼らも子どもで、
飴あげたらめっちゃ喜ぶし、
なんか手ふってくるし、
無邪気に遊んでるし、
笑顔が素敵だし。

スマイルはやっぱ万国共通だな。
ちゃんと目を向けよう。
でも、だからこそ、子どもには子どもらしくいてほしい。
小学生くらいの子どもが学校にも行かないで、
仕事を覚えて、生計を立ててたり、
変に商売がうまかったり、、。
「一つ1ドル!」
「えー、マグネットはいらないよー」
「じゃー2つで1ドル!お願い!!」
「だから、マグネットはいらないんだってばー(苦笑)
それに、お金持ってないよ?」
笑いながらそんなやり取りをしていると、、、
ふん!!
“No money, No honey”

それ言っちゃう!?
やられたわー!!笑
それでも買わないと、
“No funny”
って、捨てゼリフ吐いてくるしw
どんだけ商売慣れしてんだよ。
今回の旅も色々考えさせられました。
これから少しずつ書いていこうと思います。
若僧一人の頭では、浅はかな答えしか出てこないので、
「考える」お手伝いをしてもらえたら助かります。
当然、しょーもないコメントも受け付けますよ。
それでは、明日は新年一発目のお仕事なので、この辺で。
ベトナムは旧正月が開けましたよー
うーん、、、
何度行っても素晴らしい。
感慨深いものがある。
遺跡もいいけど、
人がいい。
子どもとかめっちゃなつっこいし、
なーんかあったかい。
カンボジア、好きだな。
気候はすっごい暑いけど。
おかげで、より焦げたけど。
そんな今回の旅のテーマは、
「人、こども、そして生活」
遺跡もさることながら、
そこに住む人やそこにある生活にも接近する旅にしようと思いました。
そんな旅では、
同行したカメラマンKの腕が光りました。
やはりプロの腕は違う。
Kがカメラを向けるとみな笑顔になる。
素の顔が表に出てくる。
カメラもやはり奥が深い。
プロってこういうことか。
そこにある日常だから伝わるもの。
建築物、食べ物、服、言語、、
色々あるけど、やっぱり文化を作るのは
「人」だなって思う。
そういう意味では、ホントにカンボジアの人が好きになりました。
前回のカンボジアの旅では、
物売りの子とか敬遠してしまうようなとこもあったけど、
でも、やっぱり彼らも子どもで、
飴あげたらめっちゃ喜ぶし、
なんか手ふってくるし、
無邪気に遊んでるし、
笑顔が素敵だし。
スマイルはやっぱ万国共通だな。
ちゃんと目を向けよう。
でも、だからこそ、子どもには子どもらしくいてほしい。
小学生くらいの子どもが学校にも行かないで、
仕事を覚えて、生計を立ててたり、
変に商売がうまかったり、、。
「一つ1ドル!」
「えー、マグネットはいらないよー」
「じゃー2つで1ドル!お願い!!」
「だから、マグネットはいらないんだってばー(苦笑)
それに、お金持ってないよ?」
笑いながらそんなやり取りをしていると、、、
ふん!!
“No money, No honey”
それ言っちゃう!?
やられたわー!!笑
それでも買わないと、
“No funny”
って、捨てゼリフ吐いてくるしw
どんだけ商売慣れしてんだよ。
今回の旅も色々考えさせられました。
これから少しずつ書いていこうと思います。
若僧一人の頭では、浅はかな答えしか出てこないので、
「考える」お手伝いをしてもらえたら助かります。
当然、しょーもないコメントも受け付けますよ。
それでは、明日は新年一発目のお仕事なので、この辺で。
ベトナムは旧正月が開けましたよー
2010年02月11日
2ndステージ
今から約3時間後、ホーチミンを発ちます。
目指すは、、、
カンボジーア。

ベトナムは、テト間近。
休みを利用しての二回目のカンボジア遠征です。
今回は往復バスの旅。
どうなることやら。。
しかし、前回以上に濃い旅にしてきます!!
詳細は帰越後、報告します。
コメントは帰ってきてから返します。
すんません。
それでは、いってきまふ。
目指すは、、、
カンボジーア。
ベトナムは、テト間近。
休みを利用しての二回目のカンボジア遠征です。
今回は往復バスの旅。
どうなることやら。。
しかし、前回以上に濃い旅にしてきます!!
詳細は帰越後、報告します。
コメントは帰ってきてから返します。
すんません。
それでは、いってきまふ。
2010年02月09日
日本に生まれるということ
それは、すなわち
世界行きのチケットを手に入れるということ。
これ、友達の受け売りです。
先日、ベトナム人の友達Phoungちゃんのお別れ会に行ってきました。
なんでも、家族みんなでアメリカはオハイオに行くのだとか。
つまりは、お堅い言葉でいえば「越僑」。
ベトナム戦争の影響で、戦後、多くの「南」の人たちは海を渡り、
対戦国であったアメリカをはじめ、国外へと希望を求めた。
中には命を懸けて「ボートピープル」という形で国外脱出を試みる者もいた。
その数は何十万にものぼった。
現在、「越僑」のその数は300万人にも及ぶ。
ベトナムの人口が約8312万人だから、人口比では3.6%程度になる。(2006年調べ)
「越僑」は世界各地に散らばって活躍しているが、
地理的な分布をみると、その多くは米国に居住していることがわかる。
米国に居住する「越僑」は約122.4万人で越僑全体の3分の1以上を占めている。
ベトナムにおける「越僑」の貢献は計り知れない。
越僑による国内への送金額は、ODA総額を上回るという。
ベトナムの正月である「テト(旧正月)」が近づいた今日この頃、
ベトナムに帰省した越僑の方の姿をよく見かける。
この前も、カフェで隣りになった人は、ベトナム人だけれども英語しか喋っていなかった。
なんか不思議な感じがした。
この「越僑」、もちろんそんな簡単に成せるものではない。
ベトナムでは、一般の人には国外移住は認められていないらしい。
Phoungちゃんの場合は、祖父が元軍事関係者で今回行けるようになったとか。
それでもPhoungちゃん自身は、望んだものではなかった。
「私は行きたくない」
いつもおちゃらけている彼女の何気ない言葉の裏に、事の大きさを感じた。
漫画やアニメをこよなく愛す親日家の彼女はかねてから日本行きを切望していた。
しかし、ベトナム人が海外に住むということは並大抵のことではない。
「どこにでも行けるアメリカ国籍のパスポートを持って、いつか日本へ行ってみたい」
海外移住には金銭的なことはもちろんだが、
入国審査やビザの発給など多くのハードルが待ち構えている。
ベトナムに限ったことではない。
日本に生まれた私たちにとって、海外で生活することは
国民に与えられた一つの選択肢になっているが、
実際にはそうでない国がほとんどだ。
友達が言ってた「世界行きチケット」の意味が何となく分かった気がした。
国籍のみならず、「日本人」という“ブランド”は全世界で高い信頼を勝ち得ているのだ。
当たり前だと思っていたことは、外から見てみると当たり前ではない。
こっちに来て初めて聞いた「越僑」とか「華僑」という言葉。
こうした言葉が“日本”という国を見直す視点を与えてくれそうだ。
何はともあれ、友の旅立ちに幸あれ。
いつの日かPhoungちゃんに日本を案内してあげよう。
2010年02月02日
初公開
うちの 姉 です。
先日の日記にも書きました、姉が出演した「王様のブランチ」の放送です。
試行錯誤の末、You Tubeにアップすることができたようです。
早く見たかったんで、感謝です。
見過ごしたけど、ちょっと気になっていた方もご覧あれ。
どうぞ!
http://www.youtube.com/watch?v=WmZOH9pdx9Q
見ましたか?
どうでしたか?
えー、、僕は、
驚きました。
弟として。
インテリアがすごいのは、当然知ってましたが、
応対がうまい。
さすが、接客を業としているだけある。
あとは、
やっぱり
奇抜だ(笑)
うーん、
見習おう。
そうしよう。
2010年01月29日
ちょっと見つけたいい話
素敵な話を見つけたんで、
ほっこりした温かい気持ちを
みなさんにもお裾分け。
-----------------
トモダチを紹介します。
イマバヤシくんです。
だれって?
イマバヤシくんです。
小学校一年生らしいです。
公園のベンチで空を見上げて寝転がっていたら
ナンパされました(笑)
い「なーなー何してるの?」
ぼく「何もしてへんよー」
い「ひま?」
ぼく「うん、かなりひまやで。」
い「そしたら、ひっつきむしついたからとってくれへん?」
ぼく「ええよーー。」
よく見ると、彼の服にはびっしりとひっつきむしがついていた。
写真よくみて。
ほんまびっしりついてるから(笑)
あの、くっつくとなかなかとれない植物の種ね。
ぼく「あかんやんーめっちゃついてるでーどこでついたん?」
い「ホリエくんの家のちかくに、ひっつきむし地帯があるねん」
ぼく「そこ行ったんやーめっちゃついてるやん。」
い「けどなー見てやーこれ、すごくない?」
と、虫かごをみせてくれた。
その中にはカマキリとバッタが同居していた。
ぼく「すごいー。かっこいいなー。」
い「やろーやろーすごいやろ」
そんな会話をしながらひっつきむしを一緒になってとった。
そういえば、ひっつきむしをとるなんて久しぶり
そんな草が生い茂ったとこに入ることなんて最近ないから
虫かごにはいった虫をみるのも久しぶり
そういえば、ぼくもこんな時代があったなーってしみじみ
お父さんは39歳らしい。
そして門限は6時らしい。
いろいろプライベートなことを教えてくれた(笑)
デジカメをもっていたから海の写真をみせたら
カメにびっくりしてた。
そうこうしていると、イマバヤシ君の友達が近くにきた
イマバヤシくんに僕がだれか聞いてくる。
そしたらイマバヤシくんは、「ともだちやで」と
ボクをそのこたちにふつうに紹介してくれた。
なんかその瞬間、忘れていた何かを思い出した気がした。
そうだ、単純でいいんだ。
難しいことなんていらない
シンプルに、それでいい。
「なーなーボールが木のうえのってとれへんねん、とってくれへん?」
とお願いをされた。
「えーまじでーーーけっこう高いし、これとるの草の中はいらんとあかんやんーーーまぁええけど。」
なんとかボールをとったらサッカーに誘われて少しだけした。
案の定大活躍した(笑)
あーこどもはかわいいなー
このころはまだ、みんな素直なんだろうな。
どうして、成長すると、苦手な人ってできるんだろう。
シンプルにいきたいなって思いました。
すごく学ばせてもらいました。
イマバヤシくん、ありがとう。
----------------------
こどもにふれ合うことが多いんで、よくわかります、この話。
けんかしたとき
辛い思いをさせたとき
相手を傷つけちゃったとき
「ごめんね」
「いいよ」
シンプルに、それでいい。

ほっこりした温かい気持ちを
みなさんにもお裾分け。
-----------------
トモダチを紹介します。
イマバヤシくんです。
だれって?
イマバヤシくんです。
小学校一年生らしいです。
公園のベンチで空を見上げて寝転がっていたら
ナンパされました(笑)
い「なーなー何してるの?」
ぼく「何もしてへんよー」
い「ひま?」
ぼく「うん、かなりひまやで。」
い「そしたら、ひっつきむしついたからとってくれへん?」
ぼく「ええよーー。」
よく見ると、彼の服にはびっしりとひっつきむしがついていた。
写真よくみて。
ほんまびっしりついてるから(笑)
あの、くっつくとなかなかとれない植物の種ね。
ぼく「あかんやんーめっちゃついてるでーどこでついたん?」
い「ホリエくんの家のちかくに、ひっつきむし地帯があるねん」
ぼく「そこ行ったんやーめっちゃついてるやん。」
い「けどなー見てやーこれ、すごくない?」
と、虫かごをみせてくれた。
その中にはカマキリとバッタが同居していた。
ぼく「すごいー。かっこいいなー。」
い「やろーやろーすごいやろ」
そんな会話をしながらひっつきむしを一緒になってとった。
そういえば、ひっつきむしをとるなんて久しぶり
そんな草が生い茂ったとこに入ることなんて最近ないから
虫かごにはいった虫をみるのも久しぶり
そういえば、ぼくもこんな時代があったなーってしみじみ
お父さんは39歳らしい。
そして門限は6時らしい。
いろいろプライベートなことを教えてくれた(笑)
デジカメをもっていたから海の写真をみせたら
カメにびっくりしてた。
そうこうしていると、イマバヤシ君の友達が近くにきた
イマバヤシくんに僕がだれか聞いてくる。
そしたらイマバヤシくんは、「ともだちやで」と
ボクをそのこたちにふつうに紹介してくれた。
なんかその瞬間、忘れていた何かを思い出した気がした。
そうだ、単純でいいんだ。
難しいことなんていらない
シンプルに、それでいい。
「なーなーボールが木のうえのってとれへんねん、とってくれへん?」
とお願いをされた。
「えーまじでーーーけっこう高いし、これとるの草の中はいらんとあかんやんーーーまぁええけど。」
なんとかボールをとったらサッカーに誘われて少しだけした。
案の定大活躍した(笑)
あーこどもはかわいいなー
このころはまだ、みんな素直なんだろうな。
どうして、成長すると、苦手な人ってできるんだろう。
シンプルにいきたいなって思いました。
すごく学ばせてもらいました。
イマバヤシくん、ありがとう。
----------------------
こどもにふれ合うことが多いんで、よくわかります、この話。
けんかしたとき
辛い思いをさせたとき
相手を傷つけちゃったとき
「ごめんね」
「いいよ」
シンプルに、それでいい。

2010年01月23日
あねご
みなさん、「王様のブランチ」知ってますか?
そう、土曜の「午前」と言えばこの番組。
あ、、我が故郷・静岡では、放送枠の関係で、
午前しか放送されてませんでしたので・・。
関東圏ではもちろん、昼過ぎまで放送してますよね。
で、それがどうした??
って話ですが、、
出演します!!
「誰が?」
俺が!
と、言いたいところですが、
残念ながら違います(涙)
うちの姉です。
全国ネットにうちの姉が登場します。
あはは。
まー知ってる人は知ってると思いますが、
うちの姉、だーいぶインテリアに凝ってまして。
過去には、数あるインテリア誌に名を連ね、
某インテリア誌では「インテリア大賞」的なものまでもらっちゃってます。
最近では某女性ファッション誌『S●up』にも掲載されてました。

だから、インテリア好きの人には過去にお目に触れたことがあるやもしれません。
そんで、今回、、、
王様のブランチにおける「姫様」こと、はしのえみさんのコーナーに
登場することになっちまったんです。。
(余談ですが、静岡人は「こっこ」のCMで馴染みですよね、はしのえみさん。)

肖像権の関係で、はしのえみさんとの写真はここには載せられませんが、
テレビ放送でその模様をチェックしてみてください。
とまぁ、とにかくすげーんですわ、彼女。
何がすごいって、こうやって雑誌とかテレビで取り上げられちゃうとこもそうですけど、
あくまでそれは結果であって、生き様っていうか、
そういうのが評価された結果なんだろうなって思います。
この人ほど生命力を感じる人はいません!笑
弟の俺が、公のブログでここまで言っちゃう時点であり得ないでしょ。
あ、これ言っとかなきゃ・・・
※みなさん、松野はシスコンではありませんよー!!(笑)
でも、こうして尊敬できる姉兄がいるのって幸せなことですよね。
実は、松野には兄もいまして、(ちなみに彼もインテリア凝ってる。)
二人とも、本業も趣味も、我が道を進んでてかっこいいんです!
彼もなんかやらかしたら、載せようと思います。
ってことで、今日は最近の話題と180°反れましたが、
(たまにはこんなのもいいよね?)
明日(日本では、もう今日か・・)土曜の「王様のブランチ」
時間ある人は見てくださーい。
出演時間はおそらく13時以降、5~7分くらいのコーナーらしい。
よって、必然的に、、
静岡人見れませーん。笑
どんまい、静岡。
姉もこのブログ見てるんで、感想とかアドバイス(?)とかあったら
コメントしてあげてください。
では。
そう、土曜の「午前」と言えばこの番組。
あ、、我が故郷・静岡では、放送枠の関係で、
午前しか放送されてませんでしたので・・。
関東圏ではもちろん、昼過ぎまで放送してますよね。
で、それがどうした??
って話ですが、、
出演します!!
「誰が?」
俺が!
と、言いたいところですが、
残念ながら違います(涙)
うちの姉です。
全国ネットにうちの姉が登場します。
あはは。
まー知ってる人は知ってると思いますが、
うちの姉、だーいぶインテリアに凝ってまして。
過去には、数あるインテリア誌に名を連ね、
某インテリア誌では「インテリア大賞」的なものまでもらっちゃってます。
最近では某女性ファッション誌『S●up』にも掲載されてました。

だから、インテリア好きの人には過去にお目に触れたことがあるやもしれません。
そんで、今回、、、
王様のブランチにおける「姫様」こと、はしのえみさんのコーナーに
登場することになっちまったんです。。
(余談ですが、静岡人は「こっこ」のCMで馴染みですよね、はしのえみさん。)

肖像権の関係で、はしのえみさんとの写真はここには載せられませんが、
テレビ放送でその模様をチェックしてみてください。
とまぁ、とにかくすげーんですわ、彼女。
何がすごいって、こうやって雑誌とかテレビで取り上げられちゃうとこもそうですけど、
あくまでそれは結果であって、生き様っていうか、
そういうのが評価された結果なんだろうなって思います。
この人ほど生命力を感じる人はいません!笑
弟の俺が、公のブログでここまで言っちゃう時点であり得ないでしょ。
あ、これ言っとかなきゃ・・・
※みなさん、松野はシスコンではありませんよー!!(笑)
でも、こうして尊敬できる姉兄がいるのって幸せなことですよね。
実は、松野には兄もいまして、(ちなみに彼もインテリア凝ってる。)
二人とも、本業も趣味も、我が道を進んでてかっこいいんです!
彼もなんかやらかしたら、載せようと思います。
ってことで、今日は最近の話題と180°反れましたが、
(たまにはこんなのもいいよね?)
明日(日本では、もう今日か・・)土曜の「王様のブランチ」
時間ある人は見てくださーい。
出演時間はおそらく13時以降、5~7分くらいのコーナーらしい。
よって、必然的に、、
静岡人見れませーん。笑
どんまい、静岡。
姉もこのブログ見てるんで、感想とかアドバイス(?)とかあったら
コメントしてあげてください。
では。
2010年01月21日
カリブの海の子どもたち
mixiコミュニティー『世界の肖像』からの転載です。
この記事がハイチを、世界を、考える手助けになれば幸いです。
-----------------
カリブ海に浮かぶ島、イスパニョーラ島。
その島の西にハイチという国がある。
1804年1月1日、
植民地占領をしていたフランス人を追い出し、
世界で始めての黒人による共和国、
そして、ラテン・アメリカ最初の独立国家を樹立した。
そんなハイチの首都ポルトープランスに住む、
ジネッテ(Jeanette)ちゃんという女の子を
イギリスのBBCが記事に取り上げている。
ジネッテちゃんの日課は、
家のための水くみで始まる。
公共の水汲み場で、
青いバケツに水をたっぷり入れて頭に載せ、
毎日4キロを歩く。
ジネッテちゃんは、6歳だ。
ハイチは、
アメリカ大陸とその島々の中で、
最も貧しい国の一つだ。
人口の8割は貧困層で、
人口の半分の人びとが、
毎日を60円以下で暮らしている。
ハイチの人口は、
中南米諸国の人口の2%ほどだが、
中南米で死んでしまう赤ちゃんの
5人に1人は、
ハイチの赤ちゃんだ。
そして、ジネッテちゃんは、
そんな貧しいハイチの中でも、
さらに貧しい家で生まれた。
ある日、お父さんが、ジネッテちゃんに言った。
「お前は、都会に住む
遠い親戚のところで暮らすんだよ。」
都会のポルトープランスに来たジネッテちゃんは、
それ以来、お金のもらえない使用人…
…もっと言うと、奴隷同然で働かされている。
毎日、水くみに、洗濯、掃除、
その家庭の他の子どもたちの世話…。
ジネッテちゃんは、
友達と遊ぶ時間もなく、
学校で勉強することもない。
このような子どもたちは、
ハイチではレスタベク(restavec)と呼ばれ、
ユニセフなどの調査によると、
その数は25万人ほどにもなるという。
そして、国の経済の悪化に伴い、
その数は、増え続けているという。
レスタベクの問題について、
ハイチ政府の見解は、
貧しい人びとが、
自分の子どもにより良い生活を与えるための、
ハイチの伝統文化だと言い、
貧しくて、子どもを育てられない親たちも、
そう願って子どもを預ける。
だが、残念ながら、その実態は、
世界で最も早く奴隷を駆逐した国に残る、
現代の奴隷制度の構造だ。
ユニセフは、
このハイチの子どもたちへの未来へ希望のために、
世界は、更なる努力をするべきだと言っている。
この記事がハイチを、世界を、考える手助けになれば幸いです。
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カリブ海に浮かぶ島、イスパニョーラ島。
その島の西にハイチという国がある。
1804年1月1日、
植民地占領をしていたフランス人を追い出し、
世界で始めての黒人による共和国、
そして、ラテン・アメリカ最初の独立国家を樹立した。
そんなハイチの首都ポルトープランスに住む、
ジネッテ(Jeanette)ちゃんという女の子を
イギリスのBBCが記事に取り上げている。
ジネッテちゃんの日課は、
家のための水くみで始まる。
公共の水汲み場で、
青いバケツに水をたっぷり入れて頭に載せ、
毎日4キロを歩く。
ジネッテちゃんは、6歳だ。
ハイチは、
アメリカ大陸とその島々の中で、
最も貧しい国の一つだ。
人口の8割は貧困層で、
人口の半分の人びとが、
毎日を60円以下で暮らしている。
ハイチの人口は、
中南米諸国の人口の2%ほどだが、
中南米で死んでしまう赤ちゃんの
5人に1人は、
ハイチの赤ちゃんだ。
そして、ジネッテちゃんは、
そんな貧しいハイチの中でも、
さらに貧しい家で生まれた。
ある日、お父さんが、ジネッテちゃんに言った。
「お前は、都会に住む
遠い親戚のところで暮らすんだよ。」
都会のポルトープランスに来たジネッテちゃんは、
それ以来、お金のもらえない使用人…
…もっと言うと、奴隷同然で働かされている。
毎日、水くみに、洗濯、掃除、
その家庭の他の子どもたちの世話…。
ジネッテちゃんは、
友達と遊ぶ時間もなく、
学校で勉強することもない。
このような子どもたちは、
ハイチではレスタベク(restavec)と呼ばれ、
ユニセフなどの調査によると、
その数は25万人ほどにもなるという。
そして、国の経済の悪化に伴い、
その数は、増え続けているという。
レスタベクの問題について、
ハイチ政府の見解は、
貧しい人びとが、
自分の子どもにより良い生活を与えるための、
ハイチの伝統文化だと言い、
貧しくて、子どもを育てられない親たちも、
そう願って子どもを預ける。
だが、残念ながら、その実態は、
世界で最も早く奴隷を駆逐した国に残る、
現代の奴隷制度の構造だ。
ユニセフは、
このハイチの子どもたちへの未来へ希望のために、
世界は、更なる努力をするべきだと言っている。
2010年01月20日
無法地帯
ホーチミンは、乾季にしては珍しい雨天が続いている。
昨日、今日とだらだらと雨が降り続き、日本の梅雨みたい。
原因となっている低気圧はもうしばらく停滞するらしい。
早くスッキリとした晴天が戻ってきてはくれないものか。。
そんな久しぶりの雨に“あの場所”を思い浮かべてみる・・・
家屋を失った彼らに雨をしのぐ場所はあるのだろうか。
自然災害という誰にでも起こりえるはずの出来事で、
実際に犠牲になっている人の96%は、
発展途上国の人々だ。
その象徴的な例が、今回のハイチ大地震。

ここハイチは、西半球で最も貧しい国と言われている。
国民の80%は劣悪な貧困状態に置かれているそうだ。
そんな最貧国に襲った今回の大惨事。
死者数は10万人、最悪20万人にものぼると言われる。
同国の人口は約1000万人。
要するに、100人に2人、単純に「50人に1人」が亡くなるという計算。
これって驚くべき数字ではないですか!?
ハイチに対して、各国支援に動き出しているが、
肝心の支援物資が一部にしか行き届いていない。
被災者たちはそんな現況に不満を募らせている。
そして、無法と化した被災地で次に起こるは、「生き残り闘争」。
首都ポルトープランスにある世界食糧計画(WFP)の食糧備蓄庫が略奪にあったらしい。
損壊した建物には、人々がたかり、
見つけたものをめぐって、怒号が飛び交い、激しい奪い合いが始まる。

倒壊した刑務所から収容者が脱獄する騒ぎも起きている。
国際赤十字の広報官は、囚人約4000人が逃げ出したと語った。
こうした震災後の混乱に伴う「無法状態」が危惧(きぐ)されている。
そんな自国を見切り、国外へ脱出を試みる被災者も増えている。
自分には何ができるのか。
北中米カリブ海に浮かぶ小国は、自分とは無関係なのか。
大きく貢献できるだけの資金もない。(もちろん募金など小さな積み重ねが大事)
ましてや、現地に行って支援することなどできない。
もどかしい。。
だから、書く。
自分には、少しでも見てくれる人がいるこのブログで伝えることしかできない。
自分も含め、人は何かがあったときにしか、現実に目を向けない。
自分勝手な生き物だから。
でも、何かがあったときにさえ目を向けなかったら、どうなる?
そんな自己中心的な考えが今の世の中を作ってしまったのかもしれない。
小さな歩みが大きな一歩になることを信じる。
ちょっとでも考えてみよう、
世界のこと。
昨日、今日とだらだらと雨が降り続き、日本の梅雨みたい。
原因となっている低気圧はもうしばらく停滞するらしい。
早くスッキリとした晴天が戻ってきてはくれないものか。。
そんな久しぶりの雨に“あの場所”を思い浮かべてみる・・・
家屋を失った彼らに雨をしのぐ場所はあるのだろうか。
自然災害という誰にでも起こりえるはずの出来事で、
実際に犠牲になっている人の96%は、
発展途上国の人々だ。
その象徴的な例が、今回のハイチ大地震。
ここハイチは、西半球で最も貧しい国と言われている。
国民の80%は劣悪な貧困状態に置かれているそうだ。
そんな最貧国に襲った今回の大惨事。
死者数は10万人、最悪20万人にものぼると言われる。
同国の人口は約1000万人。
要するに、100人に2人、単純に「50人に1人」が亡くなるという計算。
これって驚くべき数字ではないですか!?
ハイチに対して、各国支援に動き出しているが、
肝心の支援物資が一部にしか行き届いていない。
被災者たちはそんな現況に不満を募らせている。
そして、無法と化した被災地で次に起こるは、「生き残り闘争」。
首都ポルトープランスにある世界食糧計画(WFP)の食糧備蓄庫が略奪にあったらしい。
損壊した建物には、人々がたかり、
見つけたものをめぐって、怒号が飛び交い、激しい奪い合いが始まる。

倒壊した刑務所から収容者が脱獄する騒ぎも起きている。
国際赤十字の広報官は、囚人約4000人が逃げ出したと語った。
こうした震災後の混乱に伴う「無法状態」が危惧(きぐ)されている。
そんな自国を見切り、国外へ脱出を試みる被災者も増えている。
自分には何ができるのか。
北中米カリブ海に浮かぶ小国は、自分とは無関係なのか。
大きく貢献できるだけの資金もない。(もちろん募金など小さな積み重ねが大事)
ましてや、現地に行って支援することなどできない。
もどかしい。。
だから、書く。
自分には、少しでも見てくれる人がいるこのブログで伝えることしかできない。
自分も含め、人は何かがあったときにしか、現実に目を向けない。
自分勝手な生き物だから。
でも、何かがあったときにさえ目を向けなかったら、どうなる?
そんな自己中心的な考えが今の世の中を作ってしまったのかもしれない。
小さな歩みが大きな一歩になることを信じる。
ちょっとでも考えてみよう、
世界のこと。
2010年01月17日
同じきもち
先日、ベトナムでは希少な邦画DVDを、
ベトナム人の友だちに借りられたので、
今日見ました。
その映画は、

『硫黄島からの手紙』
数年前、「硫黄島」を日米両視点から捉えた二部作として話題になりましたよね。
個人的にはとても素晴らしい映画だと思いました。
私が観て育ったほとんどの戦争映画では、
どちらかが正義で、どちらかが悪だった。
しかし、人生とはそんなものではないし、戦争もそんなものではない。
この2本の映画は勝ち負けを描いたものではなく、
あの戦争が人間にどんな影響を与えたか、
そして戦争がなければもっと長く生きられたであろう人々のことを描いている。
と、イーストウッド監督が言うように、まさしく、戦争とは何か、
人間は何故戦うのか、を考えさせられる作品に仕上がってます。
しかし、ここで言う「人間は何故戦うのか」という観点は、
戦争が始まってからのそれぞれの人の想いであり、
やはり戦争自体が起こらない方向にもっていければ。
今なお世界では、内戦、紛争、テロ、、、
様々な形で、戦争が続いています。
決して過去の話ではありません。
いま、この瞬間も、です。
そして、日本では約60年前、
ここベトナムでは、つい30年前まで主戦場として戦争が繰り広げられていました。
今、僕が住んでいる“まさにこの場所”も戦場であったに違いありません。
恐ろしい数の罪のない人々が犠牲になる、そんな“日常”があったのです。
そう考えると、胸が締めつけられる想いに駆られます。。
戦争がよくないということは、誰もがみな、頭では分かっています。
でも、日々を生きるなかで
戦争を心の底から憎む気持ちをもつことはなかなかありません。
※主演:渡辺謙談
そうなんです、みんな戦争がよくないことは分かってるんです。
それでも起きてしまう現実。
どうしたものか・・・
しかし、戦場で行われていたことを見てしまったら、
自分の息子や恋人を決してそこに向かわせたくないと思うでしょう。
これこそ映画のもつ力ですよね。
映画を作るたびに制作費何億円とか桁外れな数字が並べられますが、
それでも、人々の心に訴えかける力があるから
それをも上回る興行収入を得られる。
お金の数の話は好きではありませんが、
でも、それだけの人が見て、何かしらを感じているということ。
大切にしたい文化です。
ただし、こんなにも影響力が強いからこそ、
気をつけなければならないのが、情報のバランス。
偏った情報は固定観念、ひいては偏見をもたらします。
作中にもこんなシーンがありました。
「アメリカ軍は腰抜けだ」「鬼畜米英」などと唱えていた日本兵小隊の中に
引きずり込まれた一人の若者米兵。
心優しき中佐の計らいで手当てを受けたが、まもなく息を引き取る。
そんな彼の胸から落ちた一片の手紙。
アメリカでの日常の生活が記された、母親からの愛情がつまった手紙だった。
そんなごく普通の生活を、みな自分の故郷や家族と重ねる。
「同じなんだ・・」
アメリカのきもち、日本のきもち、同じきもち---
固執したステレオタイプは「知らない」ことで生みだされるもの。
さらに、戦時下という境遇で無意識に刷り込まれていく情報。
インターネットが普及していないという時代背景があったものの、
情報統制とか外部情報の遮断って本当に怖い。
時は違えど、今起きている戦争においても同様のことが言える。
渦中にある兵士たちの思想は、偏った情報の刷り込みによって
意図的に「相手=悪」の認識を作り出されているのだろう。
片や、自分たちは絶対的に「正しい」。
そうとも思わなければ冷酷な戦場で戦い抜くことは出来ないのかもしれないが。
こうしたことも踏まえて「情報のバランス」という点で、
なおかつ微妙な政治的な問題をクリアし、
「人」という視点で作り出されている点で、
この作品は評価されるように思う。
『硫黄島からの手紙』ホームページ
アメリカから見つめた硫黄島『父親たちの星条旗』
日本に帰ったら観ようと思う。
最近、ふと考えることがある。
全世界が平和になること、それは可能なのだろうか・・。
できることなら成したい願い!
みなさんはどうお考えですか?
ベトナム人の友だちに借りられたので、
今日見ました。
その映画は、

『硫黄島からの手紙』
数年前、「硫黄島」を日米両視点から捉えた二部作として話題になりましたよね。
個人的にはとても素晴らしい映画だと思いました。
私が観て育ったほとんどの戦争映画では、
どちらかが正義で、どちらかが悪だった。
しかし、人生とはそんなものではないし、戦争もそんなものではない。
この2本の映画は勝ち負けを描いたものではなく、
あの戦争が人間にどんな影響を与えたか、
そして戦争がなければもっと長く生きられたであろう人々のことを描いている。
と、イーストウッド監督が言うように、まさしく、戦争とは何か、
人間は何故戦うのか、を考えさせられる作品に仕上がってます。
しかし、ここで言う「人間は何故戦うのか」という観点は、
戦争が始まってからのそれぞれの人の想いであり、
やはり戦争自体が起こらない方向にもっていければ。
今なお世界では、内戦、紛争、テロ、、、
様々な形で、戦争が続いています。
決して過去の話ではありません。
いま、この瞬間も、です。
そして、日本では約60年前、
ここベトナムでは、つい30年前まで主戦場として戦争が繰り広げられていました。
今、僕が住んでいる“まさにこの場所”も戦場であったに違いありません。
恐ろしい数の罪のない人々が犠牲になる、そんな“日常”があったのです。
そう考えると、胸が締めつけられる想いに駆られます。。
戦争がよくないということは、誰もがみな、頭では分かっています。
でも、日々を生きるなかで
戦争を心の底から憎む気持ちをもつことはなかなかありません。
※主演:渡辺謙談
そうなんです、みんな戦争がよくないことは分かってるんです。
それでも起きてしまう現実。
どうしたものか・・・
しかし、戦場で行われていたことを見てしまったら、
自分の息子や恋人を決してそこに向かわせたくないと思うでしょう。
これこそ映画のもつ力ですよね。
映画を作るたびに制作費何億円とか桁外れな数字が並べられますが、
それでも、人々の心に訴えかける力があるから
それをも上回る興行収入を得られる。
お金の数の話は好きではありませんが、
でも、それだけの人が見て、何かしらを感じているということ。
大切にしたい文化です。
ただし、こんなにも影響力が強いからこそ、
気をつけなければならないのが、情報のバランス。
偏った情報は固定観念、ひいては偏見をもたらします。
作中にもこんなシーンがありました。
「アメリカ軍は腰抜けだ」「鬼畜米英」などと唱えていた日本兵小隊の中に
引きずり込まれた一人の若者米兵。
心優しき中佐の計らいで手当てを受けたが、まもなく息を引き取る。
そんな彼の胸から落ちた一片の手紙。
アメリカでの日常の生活が記された、母親からの愛情がつまった手紙だった。
そんなごく普通の生活を、みな自分の故郷や家族と重ねる。
「同じなんだ・・」
アメリカのきもち、日本のきもち、同じきもち---
固執したステレオタイプは「知らない」ことで生みだされるもの。
さらに、戦時下という境遇で無意識に刷り込まれていく情報。
インターネットが普及していないという時代背景があったものの、
情報統制とか外部情報の遮断って本当に怖い。
時は違えど、今起きている戦争においても同様のことが言える。
渦中にある兵士たちの思想は、偏った情報の刷り込みによって
意図的に「相手=悪」の認識を作り出されているのだろう。
片や、自分たちは絶対的に「正しい」。
そうとも思わなければ冷酷な戦場で戦い抜くことは出来ないのかもしれないが。
こうしたことも踏まえて「情報のバランス」という点で、
なおかつ微妙な政治的な問題をクリアし、
「人」という視点で作り出されている点で、
この作品は評価されるように思う。
『硫黄島からの手紙』ホームページ
アメリカから見つめた硫黄島『父親たちの星条旗』
日本に帰ったら観ようと思う。
最近、ふと考えることがある。
全世界が平和になること、それは可能なのだろうか・・。
できることなら成したい願い!
みなさんはどうお考えですか?
2010年01月14日
2010年01月10日
しあわせ
年賀状いただきました。
いとしの彼らから♪
親御さんのお気遣いもあると思うのですが、めっっっちゃ嬉しいっす!
うれしすぎて思わず、ブログに載せちまったわけです。
みんな、元気にしてるかな?
ありがとね。
年賀状は誰に構わず、もらったら嬉しいものですよね。
思い入れが強い人であればあるほど、なおのこと。
たまに紛れ込んでくるお店の広告がてらの年賀状は別として、、。
まぁあれはあれで、クーポンとかついてたりするから嬉しいか(笑)
改まって手紙を送るのに抵抗があっても、年賀状なら何となく気軽に書ける。
相手の近況や“いま”を、写真や文面を見るだけで容易に想像できる。
面と向かってではないけれど、「繋がっている」ことを実感できる。
メールや電子媒体での新年の挨拶が増えてきた近年ですが、
個人的に、年賀状文化はなくなってほしくない日本文化の一つです。
あと3ヶ月経てば、彼らに会うことができる。
この一年で大きく成長しているに違いない。
そんなことを想像しているだけで心が躍る。
楽しみでならない。
その反面、3ヶ月という残された期間がものすごく名残惜しい。
帰りたいようで、帰りたくないような。
そう思わせるのは、ここでの出会い。
生意気な「やつら」←最大限の愛情を込めて)との出会い。
最近はちょっと手を焼いてるけど、
でも、、
いや!
だからこそ、いとおしい。
こうして、いとおしく思える出会いや別れが繰り返していくこと、
多くの人たちと繋がっていられること、
この上ない幸せ。
俺って、けっこう幸せ者じゃん!!笑
後悔することがないように、
未練を残すことがないように、
全力で「今」を生きる!
縦の糸はあなた 横の糸は私
逢うべき糸に 出逢えることを
人は 仕合わせと呼びます
「糸」より
2010年01月05日
09→10
日本では、正月三が日が過ぎ、
浮かれ気分から日常に引き戻されているところでしょうか。
いつまでもお正月気分ではいけませんよ!
さぁー、2010年頑張っていきましょう!!
新たな年を迎えるにあたり、
大切なのはやはり
過去から学び、
「目標」を見据えること
ですよね。
2009年まっつの目標は、
“Chance・Challenge・Change”
の「3C」でした。
振り返ってみると、上出来!
といっていいほどに達成できました。
2009年一年に限らず、自分にとっては、
部活の引退が一つの節目でした。
2008年秋のことでした。
第2の人生が幕を開けました。
そういう意味では、最高のスタートダッシュを切ったわけです。
それまでの人生は「サッカー」が中心の生活。
もちろん今も「サッカー」が中心の生活だけれども、
「プレーヤーとしてのサッカー」が常に生活の中心にありました。
寝るにしても、食べるにしても、遊ぶにしても、
いつもサッカー選手であることを軸にして生活してきました。
根が真面目であるがゆえに、それはもう異常なまでに。
しかし、部活引退と共に訪れた一つの転機。
ベトナム
まさにそれは、自分にとって“Chance”でした。
昔の自分だったらそこにチャレンジすることが出来なかったかもしれない。
でも、自然とその“Chance”を掴もうとしている自分がいた。
“Challenge”してやる、“Challenge”したい、そう思える自分が。
何年か前の自分からは考えられない選択だった。
でも、必然であるかのように、その道を選ぶことができたのは、
親から離れ、おぼろげな野望と甘えた理想を掲げ、
一人で、つくばと言う「偏狭の地(笑)」に訪れたことによる。
そこでの出会い、試練が保守的な自分を脱しさせてくれた。
このままじゃいけない。
変わりたい自分、変われない自分。
いや、絶対に変わってやる!
初めての海外生活は毎日が刺激に満ちていました。
特にそれがベトナムであるがゆえに。
重い歴史を有し、良くも悪くも未だにその匂いが残る地。
ベトナムに限らず、旅行で訪れたカンボジアも然り、
そこには、まだ見ぬ「世界の現実」がありました。
「世界の現実」と一言に片付けしまうのは、浅はかかもしれない。
でも、その現実に向き合えている日本人がどれほどいるだろうか。
いや、知っている日本人がどれだけいるだろうか。
『有り余るほどに恵まれた環境で与えられたものを持て余している』
自分のためだけに生きていていいのか。
無知な自分のままでいいのか。
知らない世界を知ろうとする努力を、自分は今までしてきただろうか。
知りたい、知らなければならない。
ベトナムに旅立つ前、ある人に言われた。
「環境(外)を変えれば、自分の外面は変わるかもしれない。
でも、自分の本質(内面)は変わらない。」
ベトナムに来てからも、この言葉が引っかかっていた。
ベトナムに来ることは単なる冒険に終わってしまうのでは、と不安も抱いた。
しかし、そんな不安を蹴散らすほどの世界が待っていた。
目の前の現実は、自分の思考に有無を言わせなかった。
もちろん、自分がそうした人間的な変化を望んでいたからである。
海外に出ても、変わらない人は変わらないだろうと思う。
「外からも攻めるが、中からも攻める」
その人に宣言した。
そして、双方から攻め、
『世界』を知り、『自分』と向き合った結果、
世界と自分は繋がった。
“Change”
自分の絶対的だった価値観が変わった。
この世の中に「当たり前」なんてない。
青二才の心は、それまで凝り固まっていた。
あまりにも無知だったのだ。
いま、9ヶ月という時を経て、
「世界のために・・・」
そう本気で考えられる自分がいる。
ちっぽけな自分にはでかすぎる目標かもしれない。
でも、小さなことでいいんだ。
小さな一歩が大きな一歩。
そう思えるようになったこと自体、大きな変化。
でも、まだまだ。
変わり続けたいし、
変わるために
チャレンジし続けたい。
だから、2010年の目標は、
“Challenging & Changing”
ベトナムという国に同じく、自分はまだまだ発展途上。
だからこそ、秘めた可能性も大きい。
そう信じて、挑み続ける。
今日は、若干、自己分析的な日記になってしまいました。
しかも、長文。
ここまで読んでくれた人、ありがとう。
小生意気な若造の独り言だと思って聞き流してください。
最後に、
こうして自分の歩んできた道を振り返るとき
必ずと言っていいほど思い浮かべる言葉。
「ありがとう」
伝えなければならない人を挙げれば切りがない。
遠く離れてるけど、いつも応援してくれている家族、友人、知人。
道(未知)を指南してくれる人生の先輩方。
切磋琢磨し、高め合える仲間たち。
元気と勇気をくれる子どもたち。
数々の出会いとチャンス。
偶然という名の必然。
もはや、神様ぁ!
こうして、ブログを見てくれている人たちにもありがとう。
たくさんの出会い。
たくさんの感謝。
これからもよろしく。

ありがとう
浮かれ気分から日常に引き戻されているところでしょうか。
いつまでもお正月気分ではいけませんよ!
さぁー、2010年頑張っていきましょう!!
新たな年を迎えるにあたり、
大切なのはやはり
過去から学び、
「目標」を見据えること
ですよね。
2009年まっつの目標は、
“Chance・Challenge・Change”
の「3C」でした。
振り返ってみると、上出来!
といっていいほどに達成できました。
2009年一年に限らず、自分にとっては、
部活の引退が一つの節目でした。
2008年秋のことでした。
第2の人生が幕を開けました。
そういう意味では、最高のスタートダッシュを切ったわけです。
それまでの人生は「サッカー」が中心の生活。
もちろん今も「サッカー」が中心の生活だけれども、
「プレーヤーとしてのサッカー」が常に生活の中心にありました。
寝るにしても、食べるにしても、遊ぶにしても、
いつもサッカー選手であることを軸にして生活してきました。
根が真面目であるがゆえに、それはもう異常なまでに。
しかし、部活引退と共に訪れた一つの転機。
ベトナム
まさにそれは、自分にとって“Chance”でした。
昔の自分だったらそこにチャレンジすることが出来なかったかもしれない。
でも、自然とその“Chance”を掴もうとしている自分がいた。
“Challenge”してやる、“Challenge”したい、そう思える自分が。
何年か前の自分からは考えられない選択だった。
でも、必然であるかのように、その道を選ぶことができたのは、
親から離れ、おぼろげな野望と甘えた理想を掲げ、
一人で、つくばと言う「偏狭の地(笑)」に訪れたことによる。
そこでの出会い、試練が保守的な自分を脱しさせてくれた。
このままじゃいけない。
変わりたい自分、変われない自分。
いや、絶対に変わってやる!
初めての海外生活は毎日が刺激に満ちていました。
特にそれがベトナムであるがゆえに。
重い歴史を有し、良くも悪くも未だにその匂いが残る地。
ベトナムに限らず、旅行で訪れたカンボジアも然り、
そこには、まだ見ぬ「世界の現実」がありました。
「世界の現実」と一言に片付けしまうのは、浅はかかもしれない。
でも、その現実に向き合えている日本人がどれほどいるだろうか。
いや、知っている日本人がどれだけいるだろうか。
『有り余るほどに恵まれた環境で与えられたものを持て余している』
自分のためだけに生きていていいのか。
無知な自分のままでいいのか。
知らない世界を知ろうとする努力を、自分は今までしてきただろうか。
知りたい、知らなければならない。
ベトナムに旅立つ前、ある人に言われた。
「環境(外)を変えれば、自分の外面は変わるかもしれない。
でも、自分の本質(内面)は変わらない。」
ベトナムに来てからも、この言葉が引っかかっていた。
ベトナムに来ることは単なる冒険に終わってしまうのでは、と不安も抱いた。
しかし、そんな不安を蹴散らすほどの世界が待っていた。
目の前の現実は、自分の思考に有無を言わせなかった。
もちろん、自分がそうした人間的な変化を望んでいたからである。
海外に出ても、変わらない人は変わらないだろうと思う。
「外からも攻めるが、中からも攻める」
その人に宣言した。
そして、双方から攻め、
『世界』を知り、『自分』と向き合った結果、
世界と自分は繋がった。
“Change”
自分の絶対的だった価値観が変わった。
この世の中に「当たり前」なんてない。
青二才の心は、それまで凝り固まっていた。
あまりにも無知だったのだ。
いま、9ヶ月という時を経て、
「世界のために・・・」
そう本気で考えられる自分がいる。
ちっぽけな自分にはでかすぎる目標かもしれない。
でも、小さなことでいいんだ。
小さな一歩が大きな一歩。
そう思えるようになったこと自体、大きな変化。
でも、まだまだ。
変わり続けたいし、
変わるために
チャレンジし続けたい。
だから、2010年の目標は、
“Challenging & Changing”
ベトナムという国に同じく、自分はまだまだ発展途上。
だからこそ、秘めた可能性も大きい。
そう信じて、挑み続ける。
今日は、若干、自己分析的な日記になってしまいました。
しかも、長文。
ここまで読んでくれた人、ありがとう。
小生意気な若造の独り言だと思って聞き流してください。
最後に、
こうして自分の歩んできた道を振り返るとき
必ずと言っていいほど思い浮かべる言葉。
「ありがとう」
伝えなければならない人を挙げれば切りがない。
遠く離れてるけど、いつも応援してくれている家族、友人、知人。
道(未知)を指南してくれる人生の先輩方。
切磋琢磨し、高め合える仲間たち。
元気と勇気をくれる子どもたち。
数々の出会いとチャンス。
偶然という名の必然。
もはや、神様ぁ!
こうして、ブログを見てくれている人たちにもありがとう。
たくさんの出会い。
たくさんの感謝。
これからもよろしく。
ありがとう
2010年01月02日
らしからぬ
元旦、らしからぬ元旦。
街、いつもと変わりません。
バイクのクラクションが騒がしい。
それらしき飾りつけ、見当たりません。
ベトナム国旗が少々。
みんな働いてます。
お店も通常営業。
うーん、、、いわゆる日常。
こんなにもふつーな1月1日は生まれて初めてでした。
あまりにもふつーすぎて、日記書きました。
日本の正月はなぜあんなに「正月らしい」のでしょうか。
初詣?
お雑煮?
箱根駅伝?
「写ルンです」CM?
みなさんは「お正月」と聞いて何を思い浮かべますか?
まぁでも、ベトナムにはちょっとしたわけがあるんですね。
ベトナムでは未だに旧暦が重んじられています。
旧暦の読み方はわかりませんが、昔の暦に合わせて元日が毎年変動するそうです。
テト(旧正月)ってやつです。
この時期、ベトナムの街は花でいっぱいになるらしいです。
そんで、閑散とするらしいです。
学校、会社、みんな休みになります。
日本人学校も例外ではありません。
ちなみに、今年は2月14日が元日らしいです。
バレンタインデーと重なってるけど、どうなっちまうんでしょーね。
ただ、ベトナムには女の子からチョコを渡す文化はないんだそうです。
「へぇ~」ですね。
と、まぁ、何だかふつーすぎて脱力系日記になってしまいました。
こっちに遊び来たい人、2月12日~19日までオフ予定です。
それ以外の日程でも、お待ちしております。
いくつかアポもらってますが、お早めにどうぞ。

カワユス。
街、いつもと変わりません。
バイクのクラクションが騒がしい。
それらしき飾りつけ、見当たりません。
ベトナム国旗が少々。
みんな働いてます。
お店も通常営業。
うーん、、、いわゆる日常。
こんなにもふつーな1月1日は生まれて初めてでした。
あまりにもふつーすぎて、日記書きました。
日本の正月はなぜあんなに「正月らしい」のでしょうか。
初詣?
お雑煮?
箱根駅伝?
「写ルンです」CM?
みなさんは「お正月」と聞いて何を思い浮かべますか?
まぁでも、ベトナムにはちょっとしたわけがあるんですね。
ベトナムでは未だに旧暦が重んじられています。
旧暦の読み方はわかりませんが、昔の暦に合わせて元日が毎年変動するそうです。
テト(旧正月)ってやつです。
この時期、ベトナムの街は花でいっぱいになるらしいです。
そんで、閑散とするらしいです。
学校、会社、みんな休みになります。
日本人学校も例外ではありません。
ちなみに、今年は2月14日が元日らしいです。
バレンタインデーと重なってるけど、どうなっちまうんでしょーね。
ただ、ベトナムには女の子からチョコを渡す文化はないんだそうです。
「へぇ~」ですね。
と、まぁ、何だかふつーすぎて脱力系日記になってしまいました。
こっちに遊び来たい人、2月12日~19日までオフ予定です。
それ以外の日程でも、お待ちしております。
いくつかアポもらってますが、お早めにどうぞ。
カワユス。
2010年01月01日
Chuc mung nam moi !!
日本から遅れること2時間・・・
ベトナムでも年が明けました。

「チュック ムン ナム モーイ!」
新年あけましておめでとうございます。
みなさんはどんな年越しを過ごしたでしょうか?

まっつは、友達のベトナム人3人(笑)と、“街をあげて”のカウントダウンに行ってきました。
街をあげて、、、というか「街全体を巻き込んで」って表現のが正しいのか!?
レロイとかグエン・フエとかレ・ユアンとか
街の大通りがジャックされ、歩行者天国と化し、
カウントダウンライブが数箇所で催されてました。

(“CDJ”ならぬ“CDV”だぜ、お二人さんよー。)
当然、あれだけの数のバイクですから、
近辺のいたる道路は大渋滞。
それ以外の場所(歩道や公園)は駐輪バイクの大洪水。
家から徒歩で、というPhat君の判断は正しかった。
クリスマスに続き、初めての海外での年越し。
昨年は本当に「初めて」が多い一年でした。
まぁー海外の初生活だから当たり前か。
例年ならば、紅白とガキ使とCDTVをコロコロ変えながら、
その瞬間を「ゆく年くる年」の除夜の鐘を聞いて家族と共にしっとり迎える・・
というのが松野の定番だったのですが、
『ところ変われば文化も変わる』
というわけで、
今年は、聞き取れないベトナム楽曲の大騒音と
大量の人とバイクと共に年明けを迎えました。
その割に、新年迎えて10分後には解散っていう
驚異的な撤収の速さだったり、

盛大に花火が打ちあがると聞いていたのに、
形ばかりの置き型花火と上空からの多量の風船落下
という演出のギャップにベトナムらしさを感じながらの年越しでした。
せっかくベトナムにいるのだから、
たまにはこんな年越しも悪くない。
年越しそばならぬ“年越しブン・ボー・フエ”も近所の屋台で食べたし、我満足なり。
そんなこんなで、みなさん、
今年もよろしくお願いいたします!!
今から、Phat君の家でベトナム家庭料理をいただいてきまーす♪
ベトナムでも年が明けました。
「チュック ムン ナム モーイ!」
新年あけましておめでとうございます。
みなさんはどんな年越しを過ごしたでしょうか?
まっつは、友達のベトナム人3人(笑)と、“街をあげて”のカウントダウンに行ってきました。
街をあげて、、、というか「街全体を巻き込んで」って表現のが正しいのか!?
レロイとかグエン・フエとかレ・ユアンとか
街の大通りがジャックされ、歩行者天国と化し、
カウントダウンライブが数箇所で催されてました。
(“CDJ”ならぬ“CDV”だぜ、お二人さんよー。)
当然、あれだけの数のバイクですから、
近辺のいたる道路は大渋滞。
それ以外の場所(歩道や公園)は駐輪バイクの大洪水。
家から徒歩で、というPhat君の判断は正しかった。
クリスマスに続き、初めての海外での年越し。
昨年は本当に「初めて」が多い一年でした。
まぁー海外の初生活だから当たり前か。
例年ならば、紅白とガキ使とCDTVをコロコロ変えながら、
その瞬間を「ゆく年くる年」の除夜の鐘を聞いて家族と共にしっとり迎える・・
というのが松野の定番だったのですが、
『ところ変われば文化も変わる』
というわけで、
今年は、聞き取れないベトナム楽曲の大騒音と
大量の人とバイクと共に年明けを迎えました。
その割に、新年迎えて10分後には解散っていう
驚異的な撤収の速さだったり、
盛大に花火が打ちあがると聞いていたのに、
形ばかりの置き型花火と上空からの多量の風船落下
という演出のギャップにベトナムらしさを感じながらの年越しでした。
せっかくベトナムにいるのだから、
たまにはこんな年越しも悪くない。
年越しそばならぬ“年越しブン・ボー・フエ”も近所の屋台で食べたし、我満足なり。
そんなこんなで、みなさん、
今年もよろしくお願いいたします!!
今から、Phat君の家でベトナム家庭料理をいただいてきまーす♪
2009年12月30日
37℃
ども、遅ればせながら
メリークリスマス!!
海外での初めてのクリスマスもなかなか刺激的でした。
いろんな意味で。
特に、ホーチミンであるがゆえに・・・笑

奥まで連なる無数の頭・・・
「歩行者天国」だと思うでしょ?
否。
皆バイクにまたがってますからー。
いたって普通の大道路。
どこもかしこも、大渋滞。

ここもやはり
人、人、人。
そして、
「クリスマスは、ケンタッキーっしょ!!」

っていう日本人的発想を
・・・男二人で。

我が家の前の小道を歩く、、、

イルミネーション頑張ってんなー
え?
背中が寂しいって?
やかましーわ!
しかし、これだけ世界中どこでも祝われちゃうなんて、キリスト・イエスもすごいですなー。
まぁーホントにそのことを意識してクリスマスを迎えている人なんて、
ほんの一握りなんでしょうけど。
さて、そんな「冬」真っ盛り、
みなさんはいかがお過ごしでしょうか?
まっつは連日サッカー教えてます。
「冬休みキャンプ」と題して、毎日。
俺らにゃ年末なんて関係ねー
そんで、タイトル
37℃
人間の体温ではありませんよ。
本日の最高気温@ホーチミン でござーます。
どうだ、まいったか?!
河崎がまいってます。(お大事に)
こんな灼熱の炎天下のもと、
毎日、グラウンドでサッカー教えてるもんだから、
おかげで、肌はすくすくと焦げ、
日焼けは着々と進行し、
一人オセロ状態。
そんな、身も心も季節感ゼロのベトナムです。
「冬」という言葉が実に似合いません。
こたつ、ストーブ、エアコン、フリース、ヒートテック、、、
(UNIQLOが活躍する季節ですね)
体を温めるなんて考えられません。
日本の「さみー!!」が信じられません。
ニュースなんかで、マフラー巻いてる姿見て、
ウソじゃねーか?
って思います。
みなさん、風邪には気をつけて。
良いお年をお迎えください。
メリークリスマス!!
海外での初めてのクリスマスもなかなか刺激的でした。
いろんな意味で。
特に、ホーチミンであるがゆえに・・・笑
奥まで連なる無数の頭・・・
「歩行者天国」だと思うでしょ?
否。
皆バイクにまたがってますからー。
いたって普通の大道路。
どこもかしこも、大渋滞。
ここもやはり
人、人、人。
そして、
「クリスマスは、ケンタッキーっしょ!!」
っていう日本人的発想を
・・・男二人で。
我が家の前の小道を歩く、、、
イルミネーション頑張ってんなー
え?
背中が寂しいって?
やかましーわ!
しかし、これだけ世界中どこでも祝われちゃうなんて、キリスト・イエスもすごいですなー。
まぁーホントにそのことを意識してクリスマスを迎えている人なんて、
ほんの一握りなんでしょうけど。
さて、そんな「冬」真っ盛り、
みなさんはいかがお過ごしでしょうか?
まっつは連日サッカー教えてます。
「冬休みキャンプ」と題して、毎日。
俺らにゃ年末なんて関係ねー
そんで、タイトル
37℃
人間の体温ではありませんよ。
本日の最高気温@ホーチミン でござーます。
どうだ、まいったか?!
河崎がまいってます。(お大事に)
こんな灼熱の炎天下のもと、
毎日、グラウンドでサッカー教えてるもんだから、
おかげで、肌はすくすくと焦げ、
日焼けは着々と進行し、
一人オセロ状態。
そんな、身も心も季節感ゼロのベトナムです。
「冬」という言葉が実に似合いません。
こたつ、ストーブ、エアコン、フリース、ヒートテック、、、
(UNIQLOが活躍する季節ですね)
体を温めるなんて考えられません。
日本の「さみー!!」が信じられません。
ニュースなんかで、マフラー巻いてる姿見て、
ウソじゃねーか?
って思います。
みなさん、風邪には気をつけて。
良いお年をお迎えください。
2009年12月21日
チャリティーサンタ。
~日本の子供と世界の子供をダブルで笑顔にするサンタさん~
<チャリティーサンタ>広がる活動、世界の貧しい子ども支援
12月20日9時2分配信 毎日新聞
サンタクロースに扮(ふん)してプレゼントを子どもたちに届け、その宅配料で世界の貧しい子どもたちを支援する「チャリティーサンタ」が、人気を呼んでいる。昨年、若者2人がボランティア団体「ハッピー☆スター」(東京)を設立し、東京を中心に始めた企画。親に代わりクリスマスイブの夜、夢を与え、世界の子どもを助ける活動が全国に広がりつつある。
父親の知人扮するサンタが訪れた幼少時代の感動を忘れられない福岡県飯塚市、自営業の清輔(きよすけ)なつきさん(25)と、世界20カ国以上を旅し、子どもの惨状に関心を持つ東京都昭島市、デパート販売員の大岡江美里さん(27)が昨年9月、企画。フィリピン・マニラ郊外にある小学校「パアララン・パンタオ」の支援経験を持つ東京都板橋区、会社員の高橋正恵さん(22)が加わり、同小近くのごみ山周辺で生活する子どもたちに、長靴と不足する本を贈ることに決めた。
昨年は都内や大阪など143軒で、子ども234人にプレゼントを渡し、今年2月、売り上げ約8万円分を現地に赴き寄贈した。
メンバーは、10代後半から30代の大学生と社会人を中心に約60人。札幌▽仙台▽大阪▽岡山▽高松▽福岡など、12都道府県の各市で宅配依頼を募っており、1軒1000~2000円。すでに約500件を受注する人気ぶりで、1000件を目標にしている。
今年はバングラデシュのストリートチルドレンやスラムの子どもたちの支援を計画。職業訓練センター(仮称)設立を目指す。
【Yahoo!ニュースより転載】
いいことしてますねー
ちょっと気になったんで調べました。
詳しくはこちらから↓
チャリティーサンタって?
サンタボランティアはチャリティーサンタ
“子どもたちを笑顔に”
ちっちゃな笑顔が、
おっきな世界の
「笑顔」につながる
子どもたちの夢をはこぶ「サンタさん」ってとこがまた素敵。
こうしたことって金額的に見たら、小さな活動かもしれない。
政治や経済で動く何億ってお金に比べたら、本当に小さなもの。
でも、小さなものが人々の心の中でどれだけ大きなものになれるか。
その可能性を信じたい。
世界の現実に目を向けにくいからこそ、
こうした身近な活動が“立ち止まってちょっと考える”契機になればいいなって思います。
応援します!
俺も来年あたり参加してみよっかな。
<チャリティーサンタ>広がる活動、世界の貧しい子ども支援
12月20日9時2分配信 毎日新聞
サンタクロースに扮(ふん)してプレゼントを子どもたちに届け、その宅配料で世界の貧しい子どもたちを支援する「チャリティーサンタ」が、人気を呼んでいる。昨年、若者2人がボランティア団体「ハッピー☆スター」(東京)を設立し、東京を中心に始めた企画。親に代わりクリスマスイブの夜、夢を与え、世界の子どもを助ける活動が全国に広がりつつある。
父親の知人扮するサンタが訪れた幼少時代の感動を忘れられない福岡県飯塚市、自営業の清輔(きよすけ)なつきさん(25)と、世界20カ国以上を旅し、子どもの惨状に関心を持つ東京都昭島市、デパート販売員の大岡江美里さん(27)が昨年9月、企画。フィリピン・マニラ郊外にある小学校「パアララン・パンタオ」の支援経験を持つ東京都板橋区、会社員の高橋正恵さん(22)が加わり、同小近くのごみ山周辺で生活する子どもたちに、長靴と不足する本を贈ることに決めた。
昨年は都内や大阪など143軒で、子ども234人にプレゼントを渡し、今年2月、売り上げ約8万円分を現地に赴き寄贈した。
メンバーは、10代後半から30代の大学生と社会人を中心に約60人。札幌▽仙台▽大阪▽岡山▽高松▽福岡など、12都道府県の各市で宅配依頼を募っており、1軒1000~2000円。すでに約500件を受注する人気ぶりで、1000件を目標にしている。
今年はバングラデシュのストリートチルドレンやスラムの子どもたちの支援を計画。職業訓練センター(仮称)設立を目指す。
【Yahoo!ニュースより転載】
いいことしてますねー
ちょっと気になったんで調べました。
詳しくはこちらから↓
チャリティーサンタって?
サンタボランティアはチャリティーサンタ
“子どもたちを笑顔に”
ちっちゃな笑顔が、
おっきな世界の
「笑顔」につながる
子どもたちの夢をはこぶ「サンタさん」ってとこがまた素敵。
こうしたことって金額的に見たら、小さな活動かもしれない。
政治や経済で動く何億ってお金に比べたら、本当に小さなもの。
でも、小さなものが人々の心の中でどれだけ大きなものになれるか。
その可能性を信じたい。
世界の現実に目を向けにくいからこそ、
こうした身近な活動が“立ち止まってちょっと考える”契機になればいいなって思います。
応援します!
俺も来年あたり参加してみよっかな。
2009年12月15日
カオス
やばい・・・
やばいぞ、これは。
完全になめてた。
ベトナムという国を。
ベトナム国民を・・・。
昨日、SEA GAMES(前回日記参照)の準決勝が行われました。
ベトナムvsシンガポール@ビエンチャン(ラオス)
国家の威信を賭けた重要な一戦です。
少年サッカーの帰り。
街をバイクで走る。
どうやら試合中。
道端ではベトナム国旗販売。
すでに暴徒化の予感。
いたるところでサッカー観戦。
店から路上にはみ出すなんて当然。
視聴率50%は堅い。
家に帰ってテレビをつける。
少なくとも10チャンネルは試合をライブ中継。
そもそも、ここベトナム。
チャンネルは100チャンネル近い。
おそらく放映権料なんてお構いなし。
その時点で笑える。
スタジアムはというと、
隣国という土地の利を活かして、
他国でありながらHOMEを作り出してしまう
ベトナム国民のサッカー熱。
あっぱれ。
夜通し、バスにでも乗って応援に駆けつけたのでしょう。
はたまた、バイクか!?
スタンドは赤と黄色に輝く一等星。
そう。
彼らが着るものは、あれですよ。
かの有名なベトT。
あれだけ集まると、もはやかっこよく見えます。
帰国前には必ず買って帰ります!
そして結果は、
4-1でベトナムの勝ち。
スタジアムの雰囲気が伝わります。
よって街は、例のごとく
人・バイク・国旗・人・バイク・国旗・人・バイク・・・・・
すなわち、暴徒化。

Nguyen Thi Minh Khai も

Le Duan も

Dong Khoi も
ホーチミン1の大通り、Le Loi も。


もう、いたるところ街中ぜーんぶ!
観光名所だって関係ない!
教会前も

市民劇場前も

バスの上も!?

←こいつ、英雄と化してました。
すごいんです、とにかく!!
交通機能がマヒするってこういうことかと思った。
ベトナム人によってベトナムの街が完全に占拠されてますw
ここで、難問。
【ベトナム人じゃないのだーれだ?】

あまりの馴染みっぷりにもはや見分けがつきませんねー。
そりゃ道行く人にベト語で話しかけられるわけだ・・・。
私たち、決死の覚悟で街に飛び出した甲斐がありました。
ライブでなきゃ感じられない、ド迫力!!
バイクでなきゃ感じられない、臨場感!!
その人の数とバイクの量。
それから、クラクションに始まり、
ラッパみたいなもんから、空き缶にいたるまでの大合奏。
鍋とおたまが最もメジャーな楽器。

底が凹むまで鍋たたきます。
こちら、負けじと指笛で応戦。

お疲れさんでした。
ベトナムに来て良かった(笑)
こんなの今の日本のスポーツシーンじゃ滅多にお目にかかれない。
(力道山の時ってこんな感じだったんかな?)
まず、こんなにバイクがない。
国旗を道端で売るなんてあり得ない。
国民全員がこんな熱狂的になれない。
もはやスポーツ観戦というよりお祭り。
ベトナム人、恐るべし。
決勝当夜、恐るべし・・・。
やばいぞ、これは。
完全になめてた。
ベトナムという国を。
ベトナム国民を・・・。
昨日、SEA GAMES(前回日記参照)の準決勝が行われました。
ベトナムvsシンガポール@ビエンチャン(ラオス)
国家の威信を賭けた重要な一戦です。
少年サッカーの帰り。
街をバイクで走る。
どうやら試合中。
道端ではベトナム国旗販売。
すでに暴徒化の予感。
いたるところでサッカー観戦。
店から路上にはみ出すなんて当然。
視聴率50%は堅い。
家に帰ってテレビをつける。
少なくとも10チャンネルは試合をライブ中継。
そもそも、ここベトナム。
チャンネルは100チャンネル近い。
おそらく放映権料なんてお構いなし。
その時点で笑える。
スタジアムはというと、
隣国という土地の利を活かして、
他国でありながらHOMEを作り出してしまう
ベトナム国民のサッカー熱。
あっぱれ。
夜通し、バスにでも乗って応援に駆けつけたのでしょう。
はたまた、バイクか!?
スタンドは赤と黄色に輝く一等星。
そう。
彼らが着るものは、あれですよ。
かの有名なベトT。
あれだけ集まると、もはやかっこよく見えます。
帰国前には必ず買って帰ります!
そして結果は、
4-1でベトナムの勝ち。
スタジアムの雰囲気が伝わります。
よって街は、例のごとく
人・バイク・国旗・人・バイク・国旗・人・バイク・・・・・
すなわち、暴徒化。
Nguyen Thi Minh Khai も
Le Duan も
Dong Khoi も
ホーチミン1の大通り、Le Loi も。
もう、いたるところ街中ぜーんぶ!
観光名所だって関係ない!
教会前も
市民劇場前も
バスの上も!?
←こいつ、英雄と化してました。
すごいんです、とにかく!!
交通機能がマヒするってこういうことかと思った。
ベトナム人によってベトナムの街が完全に占拠されてますw
ここで、難問。
【ベトナム人じゃないのだーれだ?】
あまりの馴染みっぷりにもはや見分けがつきませんねー。
そりゃ道行く人にベト語で話しかけられるわけだ・・・。
私たち、決死の覚悟で街に飛び出した甲斐がありました。
ライブでなきゃ感じられない、ド迫力!!
バイクでなきゃ感じられない、臨場感!!
その人の数とバイクの量。
それから、クラクションに始まり、
ラッパみたいなもんから、空き缶にいたるまでの大合奏。
鍋とおたまが最もメジャーな楽器。
底が凹むまで鍋たたきます。
こちら、負けじと指笛で応戦。
お疲れさんでした。
ベトナムに来て良かった(笑)
こんなの今の日本のスポーツシーンじゃ滅多にお目にかかれない。
(力道山の時ってこんな感じだったんかな?)
まず、こんなにバイクがない。
国旗を道端で売るなんてあり得ない。
国民全員がこんな熱狂的になれない。
もはやスポーツ観戦というよりお祭り。
ベトナム人、恐るべし。
決勝当夜、恐るべし・・・。
2009年12月07日
大変だー!!
緊急事態発生!
いま、ベトナムの街が大変なことになっています!!
バイクにまたがった多くの若者たちが
ベトナム国旗を振り回して暴走しています!!!
ホーチミンの街は“赤”で埋め尽くされています!
なんだ、これは!!
暴動か!?
はたまた反政府デモか!?
いよいよベトナムの地で、我が身にも危険が・・・
と、まぁー冗談が過ぎると
本気で心配してくれちゃう人もいるので、
早々に種明かし。
東南アジア競技大会
通称“SEA GAMES”
決して、「海の競技」ではありません。
※South East Ajia GAMESの略
ちなみに、日本人にとってのオリンピック以上に東南アジアでは盛り上がるイベントらしいです。
「この地域のスポーツのレベルは特定の種目・個人を除けば一般的にかなり低く、
オリンピックやアジア競技大会等では対等に戦えずメダルを獲得できる可能性はほとんどない。
従って国威発揚の場にはなり得ず、単に参加することに意義を見出すほかはないため、
SEA GAMES は、比較的同一レベルの国々での国際大会として開催されている。」
こうした事情もあるようです。
この大会が、現在ラオスで開催されているのですが、
べトナム国民は他の種目には目もくれず、サッカー、サッカー!
ベトナム国民のサッカー熱は半端じゃありません!!
それで今日は、ベトナム代表がマレーシアに勝利を収めたわけですが、
確かに内容もそこそこ良かったし、
公式戦で勝ったのはわかるけど、
この試合、まだ予選リーグなんですけどー。
去年の12月、「東南アジアサッカー選手権」で優勝した際には、
もっとすごかったとか。
こんな事件が起きてしまうほど・・・
【ハノイ 30日 ロイター】
サッカーのベトナム代表が東南アジア選手権で初の国際タイトルを手にした28日夜のお祭り騒ぎで、少なくとも4人が死亡した。30日付Thanh Nien Daily紙が報じた。
それによると、ホーチミン市内の交通事故で3人が死亡するなど、少なくとも4人が車による事故で死亡した。
同紙はまた、ホーチミン市の病院には29日の朝までに、騒ぎでけがをした183人の急患が運ばれ、ハノイの病院では63人の負傷者を手当てし、うち3人は頭がい骨骨折の重傷だったと伝えている。
ハノイでは、優勝を祝い加速や減速を繰り返すバイクなど大勢の人で大混雑となっていた。
ということです(苦笑)
「バイクで」ってとこがベトナムならではですね。
え?
文章だけじゃ想像しづらいって?
では、こちらをどうぞ・・・
http://www.youtube.com/watch?v=r7kIt6_pSB8&feature=related
もういっちょ!
http://www.youtube.com/watch?v=FkhUQOddrjs&feature=related
なんかもう、笑っちゃいますよね。
今日の予選リーグですら、
あんなだったから
優勝しちゃった日には
どうなるんだろ!?
興味津々♪
怪我せぬよう気をつけます。
いま、ベトナムの街が大変なことになっています!!
バイクにまたがった多くの若者たちが
ベトナム国旗を振り回して暴走しています!!!
ホーチミンの街は“赤”で埋め尽くされています!
なんだ、これは!!
暴動か!?
はたまた反政府デモか!?
いよいよベトナムの地で、我が身にも危険が・・・
と、まぁー冗談が過ぎると
本気で心配してくれちゃう人もいるので、
早々に種明かし。
東南アジア競技大会
通称“SEA GAMES”
決して、「海の競技」ではありません。
※South East Ajia GAMESの略
ちなみに、日本人にとってのオリンピック以上に東南アジアでは盛り上がるイベントらしいです。
「この地域のスポーツのレベルは特定の種目・個人を除けば一般的にかなり低く、
オリンピックやアジア競技大会等では対等に戦えずメダルを獲得できる可能性はほとんどない。
従って国威発揚の場にはなり得ず、単に参加することに意義を見出すほかはないため、
SEA GAMES は、比較的同一レベルの国々での国際大会として開催されている。」
こうした事情もあるようです。
この大会が、現在ラオスで開催されているのですが、
べトナム国民は他の種目には目もくれず、サッカー、サッカー!
ベトナム国民のサッカー熱は半端じゃありません!!
それで今日は、ベトナム代表がマレーシアに勝利を収めたわけですが、
確かに内容もそこそこ良かったし、
公式戦で勝ったのはわかるけど、
この試合、まだ予選リーグなんですけどー。
去年の12月、「東南アジアサッカー選手権」で優勝した際には、
もっとすごかったとか。
こんな事件が起きてしまうほど・・・
【ハノイ 30日 ロイター】
サッカーのベトナム代表が東南アジア選手権で初の国際タイトルを手にした28日夜のお祭り騒ぎで、少なくとも4人が死亡した。30日付Thanh Nien Daily紙が報じた。
それによると、ホーチミン市内の交通事故で3人が死亡するなど、少なくとも4人が車による事故で死亡した。
同紙はまた、ホーチミン市の病院には29日の朝までに、騒ぎでけがをした183人の急患が運ばれ、ハノイの病院では63人の負傷者を手当てし、うち3人は頭がい骨骨折の重傷だったと伝えている。
ハノイでは、優勝を祝い加速や減速を繰り返すバイクなど大勢の人で大混雑となっていた。
ということです(苦笑)
「バイクで」ってとこがベトナムならではですね。
え?
文章だけじゃ想像しづらいって?
では、こちらをどうぞ・・・
http://www.youtube.com/watch?v=r7kIt6_pSB8&feature=related
もういっちょ!
http://www.youtube.com/watch?v=FkhUQOddrjs&feature=related
なんかもう、笑っちゃいますよね。
今日の予選リーグですら、
あんなだったから
優勝しちゃった日には
どうなるんだろ!?
興味津々♪
怪我せぬよう気をつけます。
